修羅 一頁

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仏教では、衆生(いきとしいけるもの)は自らの業(善業・悪業)によって「天道」「人間道」「修羅道」「畜生道」「餓鬼道」「地獄道」の六道を輪廻するとされています。「修羅道」は、戦い争うために苦しみと怒りが絶えない世界であり、戦いに明け暮れた武士がその業により生まれ変わる世界です。能における「修羅」とは「修羅道」に落ちた武士のことをいいます。
武士が主人公の演目「修羅物」の魅力
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修羅物の能について詳しく知ることができます。
世阿弥は修羅について「うまく演じたとしても面白さは少ない。むやみに演じてはならない」と述べた後、「源平の戦いに登場する名高い武将を花鳥風月の風雅な趣と関連させ、作品としての出来がよければ、何よりも面白い」と述べています。修羅物は、ただ戦うだけの武士を演じても面白さはないということです。源平の名高い武将、花鳥風月の趣、能の作品としての出来ばえ、花やかさ、こうした要素が揃えば、修羅の能は何よりも面白くなります。実際、世阿弥が作った修羅物として有名な「忠度」「敦盛」「清経」などはそうした要素が揃った作品です。

