論語

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<語句解説>

日本的なものの多くは、実は論語を起源とする論語的なもの

古典中の古典といわれる論語は、今から約2500年前、中国の春秋時代に生きた孔子とその弟子たちの言行録です。日本へは応神天皇の御代に朝鮮半島の百済から「論語」と「千字文」が献上されたことが記紀に記されています。論語は漢字とともに日本に伝来した最古の書物です。そして、それは日本の政治、経済、文化に大きな影響を与えてきました。私たち日本人は、たとえ論語を読んでいなくとも、論語的な思考や論語的な行動が知らず知らずのうちに身についています。たとえば、誰に教えられたわけでもありませんが、日本では学校でも社会でも、年少者(後輩)は年長者(先輩)に対して、敬いのニュアンスを含んだ言葉、態度で接することが求められます。これは「孝弟(年長者を敬うこと)」という儒教の教えで、私たちの先祖はそれを主として論語から学びました。日本人は競争より和を重んじます。すべてとは言いませんが、競争によって物事を決めるのではなく、よく言えば話し合い、悪く言えば談合で物事を決めることが多いのです。これも「和を貴しとなす」という論語の考え方に由来します。「先輩をたて、年上に敬語をつかい、集団に背を向けることなく、調和を尊び突出せず、うまくなじんで目立たなく存在する」私たちは知らず知らずのうちにこのような生きかを当然としていないでしょうか。論語を読み進めていくと、様々な日本的なものに出会うことができます。つまり私たちが日本的なものと思っていたものは、実は論語を起源とする論語的なものだったのです。言い方を変えれば、私たち日本人は、長い間、論語に生き方を学び、論語を生き方の指針にしてきたということです。

論語

論語始まりの章

今回取り上げたのは、論語・学而篇の第一章、つまり論語始まりの章です。

論語始まりの章「子曰く、学んで時に之を習う・・・・」は、誰もが一度は聞いたことのある論語を代表する有名な文章です。「子曰く」は「先生はおっしゃった」「孔子が言われた」という意味で、弟子が孔子の言葉を紹介する形を取っています。論語で「子曰く」とあれば、それに続くのは孔子の言葉です。しかし「子」を「論語」そのものと解釈してみてはどうでしょう。「論語が説くところは」という意味に解釈すれば、論語が生命を持った存在として、今を生きる私達に直接語りかけてくれます。

学んで時に之を習う、また説ばしからずや
「時に」は、ここでは「いつも、常に」という意味に解釈します。「習う」は、何度も繰り返すこと、反復することです。学習とは、学んだことを何度も繰り返すことです。本文の「習」にマウスカーソルを当ててください。「習」という漢字の成り立ちが説明されています。「学んで時に之を習う」は、「学んだことを常に何度も繰り返し復習する」という意味です。「また説ばしからずや」とは、「なんと喜ばしいことだろう」という意味ですが、「繰り返し学ぶ中で生まれる喜び、それが論語を学ぶ喜びなんだ」と解釈してはどうでしょう。

朋有り遠方より来る、また楽しからずや
訪ねて来た遠方の友人と語り合う。なんと楽しいことだろう。多くの友人との語らいが自分を大きく成長させてくれるんだ。一人引きこもって学問の道を極めようなんて人間を小さくするだけだよ。「人と交わる中で体験として知識を得る。」これが論語の学問なんだ。

人知らずして慍らず、また君子ならずや
人が自分を評価してくれなくても気にしない。ここでいう「人」とは「世間」と同じ意味です。人(世間)の評価なんてものより、自分が嬉しいと思う気持ち、楽しいと感じる心が大切なんだ。それができる人が少ないからこそ、そうあるべきなんだ。「君子」とは「教養と人格を兼ね備えた紳士」といった意味ですが、「また君子ならずや」で「そんな人が立派なんだ。」という意味に解釈した方がここでは意味が通りやすいと思います。

以上、通釈と言われる一般的な解釈によります。

反省の書としての論語

論語の解釈に唯一絶対の解釈はありません。視点を変えて読み込んでみれば、同じ章が全く違った意味に解釈できることさえあります。

この章のキーワードは、最後の「人知らずして慍らず(人・世間が自分のことを認めてくれなくても腹を立てない)」です。この言葉には孔子の体験が深く刻み込まれています。孔子は「人(世間)に認められたい」という思いが人一倍強い人でした。しかしその思いとは裏腹に、若い頃は人(世間)に認められることはなく、悶々とした日々を過ごしていたのです。そんな若い時代の未熟な自分を懐かしみ反省する言葉として、「人知らずして慍らず、また君子ならずや。」を最後に置いています。人間は誰でも「人(世間)に認められたい、評価されたい」という思いを抱いて生きています。その思いは、2500年前の孔子も今を生きる私達も何ら変わるところはありません。

「人知らずして慍らず」に視点を当てて、この章を若い時代の未熟な自分を懐かしむ孔子の言葉として解釈してみます。

若い時代の私は、人(世間)に認められたいという思いで学問に打ち込んでいた。そして自分がどう思われているかをいつも気にしながら人と交際していた。しかし、結果や評価にこだわらない学びの実践の中に学問の真の喜びがあり、理想や志を同じくする友(「遠方より来たる朋」をこのように解釈しました。)との率直な語らいの中に交際の真の楽しみがあることに気づいた時、「人知らずして慍らず」という思いがふつふつと湧き上がり、人(世間)の評価ばかりを気にしていた自分の愚かさを恥じたんだ。

はじめに「人知らずして慍らず」という思いがあり、それが実践や行動につながるのではない。実践や行動を通じて「人知らずして慍らず」という思いが感情の如くにふつふつと湧き上がってくるんだ。孔子は「人知らずして慍らず」を最後に置くことで「君子は実践や行動によって作られる」と伝えているように思えます。

孔子の体験と経験から生まれた書

「人知らずして慍らず」を若い時代の未熟な自分を懐かしむ孔子の反省の言葉と解釈するなら、論語にある孔子の言葉の中には、孔子自身の経験や体験に基づいたものが多々あるのではないでしょうか。始まりの学而篇を読むだけでも、そう思わせる孔子の言葉に出合います。

巧言令色、鮮し仁(巧妙に飾った言葉と巧みな顔色、そんな人物に仁は少ない)学而篇第三章
孔子はお世辞と愛想笑いで相手の機嫌を取った経験が少なからずあったのだと思います。切羽詰まった状況で致し方なかったのか、認められたいという思いから当たり前のようにそれを行なったのか、いずれにしても、巧言令色の記憶は孔子の心に突き刺さったガラスの破片だったのかもしれません。「あの時の私は本当に仁が少なかった」その反省から出た言葉が「巧言令色、鮮し仁」だったのだと思います。

過てば則ち改むるに憚ること勿れ(過ちがあったなら、それを改めるのに躊躇してはならない)学而篇第八章
孔子でさえ、体面を気にして、自説に固執して、過ちを認めすぐにそれを改めることができなかった経験があるのです。この経験から、孔子は、過ちはすぐに改めない限り改まらないことを学んだのだと思います。

人の己を知らざるを患えず、人を知らざるを患うる也(人が自分を認めてくれないことを嘆かず、自分が人を認められないことを嘆くことだ)学而篇第十六章(最後の章)
孔子は、自分が人(世間)から認められたいという思いを強く持っていながら、ある日、自分がまったく人を認めていないことに気づいたのです。「何ということだ。私自身が人を認めていないじゃないか」その時の愕然とした思いと反省から飛び出した言葉だと思います。論語の学而篇始まりの章「人知らずして慍らず」が、終わりの章「人を知らざるを患うる也」と呼応しているかのように読めます。

このように論語には、孔子自身の経験や体験を基にした言葉が数多く登場します。しかもそれは失敗や過ちというマイナスの経験や体験を基にしたものがほとんどです。「過ちて改めざる、是を過ちと謂う(過ちを犯して改めない、是を過ちという)」衛霊公篇29章 「人は生きている限り必ず過つ、しかし本当の過ちとは、過ちを改めないことだ」失敗し、過ちを犯すという人間の弱さを認めた上で、失敗や過ちを教訓にして弱さを克服していこうというのです。

論語を読んで思うことは、孔子は決して聖人などではなく、失敗し過つごく普通の平凡な人間であるということです。しかも、時に人間としての弱さをさらけ出す率直で現実的な人間です。ですから、「人知らずして慍らず」「巧言令色、鮮し仁」「過てば則ち改むるに憚ること勿れ」「人を知らざるを患うる也」これら孔子の語る言葉も率直で現実的であり、誰もが納得して実行できるものなのです。

足利学校・孔子像