七歳 一頁

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「この芸において、大方七歳を以て初めとす」このはじまりの文を現代語に訳す時、「この芸において、大方七歳を以て稽古の初めとす」「初めとす」の前に「稽古」が省略されていると考えるのが普通です。ですから「この申楽の芸においては、大体七歳を稽古の仕始めとする」と現代語訳してしまいます。電子書籍「風姿花伝」でもそのように現代語訳しました。これは決して間違いではありませんが、白州正子の「古い言葉には、現代語に訳すとどうしても失うものがあります(前ページ年来稽古条々解説サイト)」という言葉に従えば、原文から受ける世阿弥の意図は、この文がいうまま、つまり七歳を以てはじめるのは、稽古に限定せず申楽だということです。「わが観世の家においては、七歳を申楽の初めとする」これでは少し意味が取りにくくなってしまいますが、白洲正子は「この芸は、大体七歳くらいではじめるのがよい」とさらりと現代語訳しています。
私たちが古典を読む時、文章の意味をどうしても現代語で理解しようとします。そのために現代語訳があるのだろうと言ってしまえばそれまでですが、原文をそのまま読んでこそ伝わってくる著者の思いや気持ち、それを汲み取ることが古典を読む面白さであり、それが伝わる文章こそ古典の名文です。
