物狂 二頁

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悲嘆の思いゆえの物狂を演じるのであれば、いかにも思い詰めた様子を演技の本来の目的にして、狂う演技を見せ場にして、心を込めて(一心不乱に)狂えば、観客の感動も、面白い見所も、必ずあるだろう。このような演技力で人を感動させることができるなら、この上もない達人というべきだ。これを心の底からよくよくわきまえておくべきだ。
憑物の物狂は、神・仏・生霊・死霊のたたりなど、その憑物本体をまねれば、容易に演じられ、うまく狂うてがかりもあります。けれども、親と生き別れ、子供を捜し尋ね、夫に捨てられ、妻に先立たれる、このような悲嘆の思いに狂乱する物狂は、極めて難しいのです。それが難しい物まね(演技)であるということは、物狂の面白さもそこに存在するということです。公案(研究・工夫)を尽くし、稽古を重ねるべきなのは、悲嘆の思いに狂乱する物狂だということでしょう。憑物の物狂で現在でも演じられているのは「卒塔婆小町」くらいですが、悲嘆の思いに狂乱する物狂は「百万」「葵上」「隅田川」など人気の演目が多数あります。
