秘儀に云はく 三頁

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亡父への最大級の賛辞
亡父は、いかなる田舎・山里の片辺りにても、その心を受けて、所の風儀を一大事にかけて、芸をせしなり。
亡父観阿弥は「衆人愛嬌」を常に行動で示していました。これは世阿弥の観阿弥への最大級の賛辞です。この言葉の中には「これは私には到底できないことだ」という思いが込められています。前のページで「時に応じ、所によりて、愚かなる眼にも『げにも』と思うやうに能をせん事、これ寿福なり(時と場所に応じて大衆の愚かな目にも『なるほどおもしろい』と思うように能をする事、これが寿福である)」とありますが、これが世阿弥の衆人愛嬌でした。ここからは、世阿弥が田舎の大衆を芸術性の高い芸を理解できない「愚かな存在」と蔑視していたことが読み取れます。愚かな田舎の大衆には初心者の演じる愚かな芸(わかりやすい芸)を見せておけばよいと考えていたのです。田舎の大衆の気持ちをのみこんだり、その場所の風俗を大事に受け止めることなど世阿弥には到底できませんでした。田舎の大衆を愚かな存在と蔑視する自分の嫌らしさを自分自身で十分認識していればこそ、それを持たない父観阿弥の人としての大きさ、つまり貴賤の分け隔てなく平等に人とつきあえる人間力に感服していたのです。
