されば、ただ、人ごとに 二頁

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幽玄を極め尽くした犬王道阿弥

また云はく、ことごとく物数を極めずとも、仮令、十分に七八分極めたらん上手の、その中にことに得たる風体を、我が門弟の形木にし極めたらんが、しかも工夫あらば、これまた、天下の名望を得つべし。さりながら、 げには、十分に足らぬ所あらば、都鄙・上下において、見所の褒貶の沙汰あるべし。

上の文章は、近江申楽の名手だった犬王道阿弥のことを指しています。近江申楽は「江州には、幽玄の境を取り立てて、物まねを次にして、かかりを本とす。PDF242ページ」 とあるように幽玄な舞と歌を基本にした芸風でした。とりわけ犬王道阿弥の舞と歌は幽玄を極め尽くすが如くでしたが、幽玄だけに特化した芸風で、あらゆる方向(十体)に渡る芸風ではありませんでした。上の段にある文章に則せば「幽玄を自分の座の門弟に教える基本の型にするほど極め尽くした役者」だったのです。

「観阿弥の芸風が幽玄な一面を持ちながらも、他方において大衆的な面も兼備し、それを見事に調和させた名手であったのに対して、犬王道阿弥は大衆的な面は全く持たず、芸位の点から言うと非常に高度な面だけしか持たなかった名手である」犬王道阿弥の研究・竹内昭

「都と田舎・身分の上下の差において、見物人が褒めたり貶したりして賛否は分かれるだろう」と上の文章にあるように、犬王道阿弥の芸は鑑識眼の高い都の貴人にはこの上ない名人芸でしたが、田舎の大衆にその芸は理解できませんでした。

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