申楽神代の始まり 一頁

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神代
「神代・かみよ」は日本神話において神武天皇より前の神の時代をいいます。神武天皇以後の時代が「人代・ひとよ」です。神代の神話の中でも広く知られている天の岩戸伝説に申楽の起源を求めるのがこの条です。
天の鈿女の尊(天宇受売命)
天の岩戸伝説により天の鈿女の尊(天宇受売命・あめのうずめのみこと)は、芸能の神様(歌舞の始祖神)として祀られるようになりました。天宇受売命は、古代より朝廷の祭祀に携わってきたとされる一族である 猿女君・さるめのきみ の始祖とされています。
天孫降臨において 邇邇藝命・ににぎのみこと を高千穂に道案内をしたのが 猿田毘古神・さるたひこのかみ です。天宇受売命は、猿田毘古神の名を明かしたことから、邇邇藝命は天宇受売命に猿田毘古神を故郷である伊勢の狭長田五十鈴の川上の地に送り届けて、その神の名を負って仕えるよう言いました。それで天宇受売命は猿田毘古神の名を負って猿女君となりました。猿楽(申楽)との縁を感じさせる名前です。
椿大神社
猿田毘古神と天宇受売命を祭る神社に三重県鈴鹿市にある椿大神社があります。この神社は松下幸之助が深く信仰した神社として有名です。松下幸之助が寄進した茶室「鈴松庵」、松下幸之助を祭る「松下幸之助社」が神社内にあります。

「神代」に起こった申楽の源流
「面白い」という言葉が、天の岩戸を開けた光に照らされた神様たちの面(顔)が白かったという伝説に由来するという記述は、別紙口伝にある「花と面白きとめづらしきと、これ三つは同じ心なり」PDF278ページ という世阿弥の言葉を思い出させます。
天の岩戸に籠った天照大神は、岩戸の外から聞こえてくる神楽の演奏や歌声を、何ごとであろうかと興味深く(めずらしく)感じて岩戸を少し開けました。すると地上に再び光が差し込み、その場に集まっていた八百万の神様たちの面(顔)を白く(面白く)照らしました。八百万の神様たちは、白く照り輝くお互いの顔(面)を見て大笑いして面白がり、その遊びを楽しみました。
「神代」の神話を起源とするこの遊びは、「面白さ」の源流となって流れ下っていきました。それは申楽の「楽」つまり「楽しさ」の源流でもあります。そして世界が明るさ取り戻した「めでたさ」の源流でもあります。申楽が遊楽とも呼ばれる所以はそこにあります。
狂言とは
対話を中心としたせりふ劇で笑いを追求する狂言は、現代では能と区別して演じられますが、もともと狂言は中世を通じて能と同じ舞台で演じられてきました。両者は能楽として一つの伝統芸能として扱われてきたのです。申楽の「面白さ」「楽しさ」は、笑いを通して人間の普遍的なおかしさを描きだす狂言として伝わったとも言えます。
狂言の基礎知識 ← 能楽協会のサイトです。
能楽堂へようこそ ← 能楽協会の動画です。
