仏在所には 一頁

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仏在所

仏在所(仏が存在した所)とは、釈迦牟尼仏が在られた(説法されていた)時代のインド、つまり時と場所の両方表す言葉です。世阿弥の造語と思われます。当時のインドは天竺と呼ばれていました。ですから「仏在所には」を「天竺においては」と書いても十分意味は通じます。けれども、あえて仏在所という耳慣れない言葉を使ったのは、前の条で申楽の起源を「神代」という日本の時代(時)に求めたことから、ここでも場所だけでなく時代をはっきりさせておきたく、仏在所という造語を使ったのだと思います。

始まりは仏在所ですが、この条は「それより、天竺にこの道は始まるなり」で終わります。そこに深い意味はないのかもしれませんが、「仏在所とは天竺だよ」と最後に念を押したように感じます。

世阿弥のこの複眼的思考(時と場所の両方をとらえる思考)は、世阿弥の作能(能の台本を書くこと)の基本となっています。複式夢幻能は複眼的思考なくして作り得なかったものです。

祇園精舎建立をめぐる説話

竹本幹夫訳注「風姿花伝」角川ソフィア文庫P157の解説によると、祇園精舎建立をめぐる説話は、この当時広く知られた説話があったようですが、この条の内容とは異なるそうです。いずれにせよ、釈迦如来の説法を邪魔する外道を仏弟子たちが六十六番の物まねで静めたというこの条の説話は、世阿弥の創作ではなく典拠が別にあったようです。PDF237ページ「当代において」では、この説話を吉例として、奈良興福寺の維摩会では、食堂で「外道を和らげ、魔縁を静む(邪教徒の心をやわらげ、悪魔の心を静める)」ために舞延年が行われると述べられています。

「仏在所」に起こった申楽の源流

この説話は、祇園精舎落成を祝うめでたい法要を邪魔しようとする外道を六十六番の物まねで静め、無事に法要を終えたという「太平(穏やかとなること)」を述べています。「仏在所」の説話を起源とする六十六番の物まねは、太平の源流となって流れ下っていきました。

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