当代において 一頁

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春日興福寺神事行ひ
春日大社と興福寺は、かつて神仏習合の思想によって、一つの宮寺として存在していました。大和申楽四座は、宮寺に所属する申楽の座として参勤し申楽を奉納していました。「大和国春日興福寺神事行ひ」とは、興福寺西金堂で毎年二月に催される法会(修二会)で行われた薪申楽・たきぎさるがく(薪御能・たきぎおのう)のことです。また毎年十二月に行われる春日若宮おん祭では申楽を含む多数の神事芸能が夜遅くまで奉納されます。
興福寺のサイトに「興福寺と能」というページがあり、理解を深めることができます。
明治の廃仏毀釈によって、神社とお寺が分離され(お寺の部分が大きく破壊され、縮小化してしまいましたが)春日大社と興福寺に分かれ、それぞれ単独に存在することになってからも、観世・金春・宝生・金剛の能楽四座による能と大藏流による狂言が、「薪御能・たきぎおのう」として、二日間にわたって春日大社と興福寺で奉納されます。


多武峰 妙楽寺への申楽奉納
大和申楽四座は、春日興福寺だけでなく、奈良県桜井市多武峰の妙楽寺(妙楽寺は神仏習合の寺社でしたが、明治の廃仏毀釈で 多武峰 談山神社 となりました)への参勤(毎年申楽を奉納すること)も義務づけられていました。詳しくは下のリンクサイトへアクセスしてください。
「多武峰 談山能アーカイブス」

