明日よりは春菜摘まんと〈巻八・一四二七〉山部赤人

突然の雪に悔しく残念な思いをしたからこそ、次にやって来た春の温かさは格別です。待つことが出来る人、待つことの大切さを知っている人だけが、その格別な温かさを感じることができます。

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<語句解説>

歌を深く味わってみます。

「さあ明日は待ちに待った春菜摘みだ。春菜を摘む場所を確保しようと、早朝から標識を立てかけに出かけた。それが突然冬に逆戻り、標識を立てかけた野に昨日も今日も虚しく雪が降り続いている」

春菜摘みは、冬の間家に閉じこもっていた人々にとって待ちに待った春の楽しみです。そんな春菜摘みを存分に楽しもうと準備したにも関わらず、無情にも降り積もった雪を悔しく残念に思う気持ちが歌にされています。

春はただ確実に前進して来るのではありません。三寒四温の言葉通り、寒さと温かさを繰り返しながらゆっくりとやってきます。春の温かさが続いて野に春菜が萌え出たとたん、その春菜が突然の雪に覆われることは珍しくはありません。

悔しく残念だけれども、突然の雪も一つの運命です。運命にあらがうことなくいづれやってくる春を待つ。万葉人にとって待つことは当たり前のことでした。

「待てば海路の日和有り」(今日海が荒れていても、出航にふさわしい日が必ずやってくる。→  今は状況が悪くとも、あせらず待っていれば必ずよい時はやってくる)このことわざの通り、万葉人には春はただ待つものでした。しかし、人よりも一歩でも先に進むことを要求される現代人にとって待つことはとても苦痛です。

突然の雪に悔しく残念な思いをしたからこそ、次にやって来た春の温かさは格別です。待つことが出来る人、待つことの大切さを知っている人だけが、その格別な温かさを感じることができます。前の歌と順番を逆にして読んでみてください。突然の雪に悔しく残念な思いをしたからこそ、じっと待ち続けた後にやって来た清楚で可憐な春の野のなつかしさは格別なのです。赤人は春を待つ万葉人の心を詠っています。