君が行く海辺の宿に〈巻十五・ 三五八〇〉 新羅に遣はされし使人の問答歌

「毎夜あなたを思って吐く息は、いつか霧となってあなたのもとに届くはず。今宵港の宿をお探しなら、お気づきなさいませ、その宿を包む深い霧があなたを慕う私の吐息であることを」旅立った夫を一途に思う妻のけなげな心なんてものではありません、この歌には、もっともっと強くて深い女の情念が言霊となって宿っています。

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<語句解説>

歌を深く味わってみます。

詞書にかかれているように、天平八年(736年)聖武天皇の時、阿倍継麿を大使として新羅(当時朝鮮半島は新羅に統一されていました。)に外交使節が送られました。その遣新羅使の人々が家族との別れを惜しみ、また航海中の寂しさを嘆き、思いを述べ、また停泊した先々で、合わせて百四十五首の歌を詠みました。

この歌は遣新羅使の一員として乗船する夫に妻が贈った歌です。

「これから新羅への長い航海に出発するあなた。停泊する港の宿が深い霧におおわれたなら、それはあなたを思い一人寂しく待っている私の吐息だと気づいてください」。

当時の船旅は、停泊する港で乗員は下船し、港の宿屋に泊まるのが一般的でした。中には遊女のいる宿屋もあり、船を降りた男達は遊女と一夜をともにすることもありました。夫を心から慕い一人で待つ妻にとって、たとえ遊びであっても夫が他の女性と夜をともにすることは堪え難いことでした。

「毎夜あなたを思って吐く息は、いつか霧となってあなたのもとに届くはず。今宵港の宿をお探しなら、お気づきなさいませ、その宿を包む深い霧があなたを慕う私の吐息であることを」

旅立った夫を一途に思う妻のけなげな心なんてものではありません、この歌には、もっともっと強くて深い女の情念が言霊となって宿っています。