我妹子が形見の衣なかりせば〈巻十五・ 三七三三〉中臣朝臣宅守と狭野茅上娘子の贈答歌
「あなた、この衣をお持ちになって決して私のことを忘れずにいてください。」中臣宅守が流刑地へ旅立つ日の朝、狭野茅上娘子は自分が最も気に入っていた衣を形見として中臣宅守に渡しました。いつ会えるかもわからない夫に「この衣を私だと思って大切にしてください。」という気持ちを贈ったのです。
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歌を深く味わってみます。
今度は中臣宅守の歌です。
「あなた、この衣をお持ちになって決して私のことを忘れずにいてください。」中臣宅守が流刑地へ旅立つ日の朝、狭野茅上娘子は自分が最も気に入っていた衣を形見として中臣宅守に渡しました。いつ会えるかもわからない夫に「この衣を私だと思って大切にしてください。」という気持ちを贈ったのです。
越前での中臣宅守の流人としての生活は想像以上に厳しいものでした。望郷の念は絶ち難く、いっそ死んでしまおうかと思ったことが何度もありました。そんな時は妻が持たせてくれた形見の衣を手に取ってながめるのでした。
「お前が持たせてくれたこの衣を手に取ると、お前の姿が目に浮かびお前の声がどこからか聞こえて来るようだ。いつか都に帰りお前と再び会える日が来ることを信じて、この衣を生きる支えにつらい流人の生活を耐え忍んでみせよう。」
狭野茅上娘子は情熱的で積極的な性格だったことがその歌から伝わってきます。しかし中臣宅守はまじめで誠実な人でしたが、どちらかというとおとなしく控え目な性格だったようです。狭野茅上娘子は、そんな夫が流人としての厳しい生活に耐えられるかどうか心配でなりません。斎宮の女官として伊勢神宮に奉仕していた狭野茅上娘子のこと、自分を思い出してもらうための形見としてだけでなく、その衣に強い霊力を閉じ込めて夫を守護する強力なお守りとして中臣宅守に持たせたのでしょう。