父母が頭掻き撫で幸くあれて〈巻二十・ 四三四六〉防人歌
「幸くあれて」この言葉には、父母が息子を、息子が父母を、それぞれの無事を切に願う祈りの言霊が宿っています。
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歌を深く味わってみます。
駿河の国(静岡県)から防人として九州に派遣される若者の歌です。
防人として出立する日の朝、父と母が私を抱きしめ何度も頭を掻き撫でながら、「どうか何ごともなく無事でいますように」と繰り返し念じてくれたあの言葉が今でも耳から離れない。
「言葉」を「けとば」と読ませるのは東国の方言です。この方言読みが歌全体を素朴な愛情で包み込んでいます。
防人は、日本が百済救済に朝鮮半島に出兵した白村江の戦い(663年)で唐と新羅の連合軍に敗れたことから、唐と新羅の日本への反撃が予想され、九州沿岸の防衛を固める目的で徴兵された兵士達です。防人は東国(遠江以東の国)から徴兵され任期は三年と定められていました。なぜ防人が遠い東国から徴兵されたかはよくわかっていませんが、東国の勢力を弱めることが目的だったという説が有力です。武器と旅費だけでなく食料までも自己負担だったため、東国の貧しい家では、防人を出すことは経済的に大変な重荷を背負うことでもありました。
この一家にとっては、防人を出すことは経済的な負担増だけでなく、若い働き手を失うことを意味します。父母の生活の困窮は目に見えています。防人となる息子は、老いた父母のこれからの生活が気がかりでなりません。父母も自分たちを気遣う息子の心を察していました。
「幸くあれて」という言葉に「私達のことは心配するな。お前さえ無事でいてくれたらそれで十分だ」という思いが込められているとすれば、息子を思う父母の心情は胸に迫り来るものがあります。そして故郷を遠く離れた九州の地でその言葉を思い出す息子は、「父上、母上、どうかご無事で」と胸が張り裂けんばかりの思いで父母の無事を祈ったに違いありません。
「幸くあれて」この言葉には、父母が息子を、息子が父母を、それぞれの無事を切に願う祈りの言霊が宿っています。