わが園に梅の花散る〈巻五・八二二〉大伴旅人

梅花の宴で詠まれた梅花の歌です。詞書に主人とあるのは、この歌を詠んだ人物が宴の主催者である大伴旅人であることを示しています。

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<語句解説>

歌を深く味わってみます。

梅花の宴で詠まれた梅花の歌です。詞書に主人とあるのは、この歌を詠んだ人物が宴の主催者である大伴旅人であることを示しています。

満開の梅が咲き誇るわが家の庭に、まるで天上から雪が流れ来るがごとくに、風に飛ばされた梅の花びらが再びわが家の庭に散り落ちて来る。これは大伴の家に降り注ぐ吉兆の花びらであろう。

梅花の宴で皆と和気あいあい酒を飲みながら歌を詠む旅人は、深い孤独と沈痛の思いの中で一人濁酒を飲む時(巻三・三三八)とは真逆の心境でした。酒は、それを一緒に飲む人とその場の雰囲気で、がらりと人の心を変えてしまうようです。梅花の宴での旅人の心は日本晴れ、いや大伴晴れといったところだったでしょうか。

わが園(わが家の庭)とは大伴氏、すなわち自分が長として率いる大伴一族をいいあらわしています。ライバルの藤原氏が朝廷内で勢力を盛り返し、大伴氏は劣勢に立たされていました。それだけに、こうした宴においては、一族の長として大伴氏の意気盛んなところをみせておきたかったのでしょう。

天はわが大伴一族を見放してはおらぬぞ。それ、わが家の庭(大伴一族)に天より吉兆の雪(梅の花びら)が降り注いでいるではないか。

遠く太宰府に左遷され、劣勢を挽回する手段がないだけに、どんな偶然であれ、それを幸運の兆しに結びつけようとしたのです。